じゅんぐりじゅんぐり

On 2010年7月2日, in Diary, Uncategorized, by larry

爪楊枝が一本。無くしてきたものが二つ。
引き出しの中には絡まった電源コード。
丸めてビニール袋に入れたままのポスター。
次の出番を待つインクカートリッジ。

明日になれば必ず出番があると思っているものたちは、
見渡しているものがいる事を知らずに悶々としてただただじっと時を待つ。

見渡しているものを見渡しているものがいる。

時間の渦の中で。
手のひらからこぼれる砂の中で。
木々を赤く照らす夕日の中で。

長くなった影が歩みを止めて。

爪楊枝が一本。無くしてきたものが二つ。
引き出しの中には絡まった電源コード。
丸めてビニール袋に入れたままのポスター。
次の出番を待つインクカートリッジ。

 

デザインあがる

On 2010年6月3日, in Uncategorized, by larry


なんとかかんとか、先日フライヤーのデザインが完成した。
ひっそりとデザインしてるんで私がデザインをしている事を知る人は少ないと思う。

 

ジャージ姿で遊園地に遊びに来ているファミリーのパピーは、北海道の新鮮なジャガイモのゴツゴツした手触りを連想させる坊主頭、そして坊ちゃんの後ろ髪は長い、そして茶髪。
ワンポイントタトゥーをチラリズムさせているマミーの掛けているサングラスは大村崑氏の眼鏡のようにややずれている。お嬢ちゃんはネイルアート、そして茶髪。
そしてなぜか怒鳴っているんだな、パピーが。とにかく怒鳴っているんだな。おにぎりが好きなんだな。知るか!
遊園地を楽しみに来た様々な家族連れを威嚇してるのか何なのか。
宇宙人と交信をしているのか。新手の語学の練習か。フリスクが喉に詰まったか。
ゴミ箱の色が気に入らないのか、パンツをはき忘れて来たのか、水虫が痒いのか、凸凹のはげ頭を隠す帽子を忘れたからなのか、とにかく怒鳴っているアンド睨んでいるそこら辺。
悪そうな奴は大体怖い、悪そうな歯は大体虫歯。とれそうな所は第二ボタン。師匠といえばカウス・ボタン。
練り歩くパピーアンドマミー率いるファミリー軍。
最終的には、割れた便座に尻の皮膚をミリ単位で挟んだ時くらいに悲しいそして侘しいとしか例えようの無い残念な料理を、適正価格とは言い難い料金で提供している食堂の手前で、くだんのパピーとマミーが、アイスを買えとぐずるお坊ちゃんアンドお嬢ちゃんに怒鳴り散らして、あげく自分の怒鳴り声でテンションも目一杯に上がったのか、二人がお互いに怒鳴り合うという家族対抗勝ち抜き怒鳴り合戦を繰り広げながら出口から出て行くという、プロレスとお茶の間の風景をミクスチャした様な群像劇を目にした。先日目にした。見たくは無かったが目にしたのだ。
疲れるね。五㌔歩くより疲れたなあと思って。疲れた親指をクルクルと労って。
気持ちトップダウンですわ。トップダウン師匠ですわ。ピーッ。

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人間 距離は大事 その他諸々

On 2010年2月25日, in Diary, by larry

ああだの、こうだしん、などとあの辺から、そしてこの辺からも、いろんな音が聞こえてくる昨今。耳の穴かっぽじってもよくわからない事ばかりの毎日である。
道ばたを歩いていて、「いやあ今日は良いお天気ですな」なんて気軽に声をかけてもらったからってその人の家に着いて行って良いという道理は無いし、まして「ええ本当に」と相づちを打った後、すぐさま手のひらを返したように天気についての説教をされるなんてえのは合点がいかない。
そこまで素性を知らない他人様に、やい、てめえの小便は右に曲がってるに決まってるんだから小便するのを止めろなどとは決して言わない、言わせない、乗らない、乗せない、バイク無い。
あちらこちらが何かしら殺気立ってどうにも息苦しい。
五人がけのテーブルに九人。コタツに八人。もう、きゅんきゅん。
精神的にも満員電車すし詰でどうにもこうにも。
また、バイアグラのスパムメールか。画面に向かって留守にしていますと一言。

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河内あられを通り過ぎて

On 2010年1月29日, in Diary, by larry

深夜、いやもう明け方近くと行ってもいい時間帯。
降りしきる雨も、通り過ぎる車がはねる水しぶきも、小一時間も走れば気にならなくなってくる。
いや、出発直後から続く身の回りの事についての話に熱中していて、はなから外の事は気になっていなかったのかもしれない。

運転席のPESSINは最近起こった身の回りの出来事をしゃべり、それについてこちらがああでも無いこうでも無いと意見する。このやり取りが、学生時代に寒空の下公園の片隅で膝を抱えながら集まったり、朝まで時間をかけてファミリーレストランでコーヒーを何杯もお替わりしながら話し込んだりしていた事を思い出させてくれた。漠然と遠くを見つめていたあの日、何かあるんじゃないかと期待して過ごしていた日々。
たいして面白くも何ともなかったと思っていた昔が、つたなくも熱い思いを抱きながら、不器用ながらも一所懸命に日々を過ごしてたんだなと思うと、悪くない生き方をして来たじゃないかと自分を褒めてみたくなったりして。
断片的な過去が繋がって今があるんではなく、過去から今が一繋がりなんだと感じた次第。
一年終われば次の一年じゃなく、この一年は次への一年。当たり前なんだろうけど、そんなことすら考えられず、なんだか余裕が無い生き方して来たなあと思って。
そんなこんなで尽きない話を続けていたら、河内あられの看板が見えて来た。
回り道でも〜と松山千春氏は歌ったがおしゃべりに熱中し過ぎて奈良県柏原市まで走って来たようだ。
たどり着いたらいつも雨降り。そんなわけない、午前四時半。
もう明け方近くと行ってもいい時間帯。

Photo by:jimkster

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なんとか新年を迎える事が出来た。
振り返ると長いトンネルのような2009年だったのだが、これが本当にしんどかった。
度重なる身内の不幸であったり、家庭の事であったり、兎に角ろくな事が無かった。
ドラマーのチェンジというのも相当にキツかった。SEXER君の脱退よりも、その後メンバーで入るはずだったドラマーがレコーディングを一週間後に控えているにもかかわらず、当初決まっていたスケジュールを変更させた事が職場的にまずかった事と、家庭的な問題を両親が心配しているという事でドラマーとして加入する件を辞退させてくれと言い出したのが一番キツかった。
時間的な問題もあったし、曲作りがまだ詰めの段階だったからだ。
腹の立つ事が続いていて、精神的にやられている時だったものだから、心持ちの半分はとうとうバンドとしての活動が終わる時が来たかという気持ちであった。いや、むしろ終わりたいと望んでいたのかもしれない。
そんな中レコーディングまで後五日という時に奇跡的にSHIN君に手伝ってもらう事になり、新曲用のリハーサルを三日間、延べ九時間行ってなんとかレコーディングに望んだ。
出来上がった曲はこれからの我々の進む道の新たな一歩に相応しいものになった。
明け方近くまで続けたリハーサルの後、帰宅後数時間で仕事へ向かうという強行スケジュールの中、結果的にバンドに加入してくれたSHIN君に感謝すると共に、これから歩むGARLICBOYSの行く末を想像すると楽しみでしょうがない。
レコーディング終了後、年末まであと僅かという時、張りつめていた緊張が一気に解けたとたんに腸炎にかかった。
上から下からと濁流が吹き出し熱でうなされた。考えようによっては一年間溜まった不穏な物が出て行ったという事で気持ちが収まる気がしたので新手のデトックスという事で気持ちを整理してみたり、マグマの噴火に例えて落ち着いてみたり。
そんなこんなでなんとか新年を迎える事が出来た。
そしてとりあえず厄年でもなんでもないのだが厄落としに行って来た。
ようやく前に進む準備が完了し始動し始めた。
新しいGARLICBOYSが始まる。
皆様新年明けましたが今年もよろしくお願いいたします。

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IMG_0231新年が明けるとまず思うことは、じきに大晦日がやってくるということだ。
何をバカなと思われるやもしれないが、年々一年の長さが短くなって来ている。
経年に於ける体感的時間の速度については諸説あるのでここでは割愛するが、とにもかくにも短くなっている。
そんな短い一年もすでに師走を迎えまずはクリスマスの準備に余念がないんじゃないの?ふーん。
その昔バブルの頃なんか高給取りならいざ知らず一般人までもが気が狂った様に無駄遣い。高級ホテルがクリスマスは予約でいっぱいだったらしいですよ。どうにかしてるぜあの娘。
バブルがはじけ長い長い下り坂、右肩下がりのこの経済事情、あの頃踊った人々もおとなしく自宅で
クリスマスツリーだとか七面鳥だとかシャンメリーだとかあたり前田とかクラッカーだとかまえだまえだとか、知るか。そんなクリスマスを迎えるんでしょうな。で、続けざまに大晦日、元旦がやって来るんです。ハレがそんなに続いてどうする。
今年も後もう僅か。大晦日まで今年を振り返ってみたいと思う今日この頃。
サンタクロースの秘密を知った大人はこぼれ落ちたパズルのピースを一年かけて集める。そんな我々を見てヤングはあんな大人になりたかあ無いわいと笑う。
俺たちも大きな夢が描かれたジグソーパズルを持っていたんだぜ。
拾い集めたパズルのピースを、湖の対岸に渡った時もう一度組み立てる。
新しい朝が来ればと願う。

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ありがたや ありがたや

On 2009年11月20日, in Diary, by larry

sugiura上村一夫先生、佐伯俊男先生のイラストをアルバムジャケットに使用させていただく事が出来たのは本当に幸せな事だ。自分が作った作品と尊敬する先生方とのコラボですよ。
上村一夫先生のイラストは名作「同棲時代」の一コマ。そして佐伯俊男先生にはジャケットのために書き下ろしていただきました。いやあ。もう本当に感謝してもしきれないです。
尊敬しているお三方のうちお二人に書いていただいてるとは、もうこれは罰が当たるはずだ。いや、もう当たっているか。
多少の罰なら当てていただきたいと宣言しつつ、叶うならいつかは尊敬するお三方のうちのお一人、杉浦茂先生のイラストで自分の作品のジャケットを飾る事が出来たらと思っているのですがね。
尊敬している先生方。素人の私が言うのもなんですが絵の力がハンパ無く凄いです。

写真は ©杉浦茂「猿飛佐助」

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信玄公とコルテッツ

On 2009年10月30日, in happenings, by larry

img56014932天王寺二十三時。
「ちょっと立ち小便してくるわ」と連れ合いを残し一人公園の茂みにそそくさと入って行く。
日も変わろうかという、そこそこに深い時間。
本当をいうと用を足そうと思っていた。野糞をしようと思っていた。
勢いよく短時間で済ませばバレないと思っていた・・・
かき分けて踏み込んだその先の茂み奥深くにあったフェンスの前に、ありがたい事に人一人が座り込める、樹木が生えていないスペースがある。川口浩が大声を上げた気持ちがわかる。シンパシー。
値千金、気安さは天井桟敷並み。フェンスに捕まり動物園のゴリラよろしく声無き雄叫びをあげれば、おなかを刺激する糞どもなどちょちょいのちょいなのだ。はは、ざまーみろ。などと、じきおさらばする、腹の中の糞にありったけの罵声をひとりごちベルトを緩める。
腰を下ろそうとしたその時、その瞬間、先客が残していった糞を踏みつけた。
固くむき出しになった地面とはなにかしら違う感触。感触と書いてTOUCHと読ませるのは甲斐よしひろ氏だが、さすがにタッチは出来なかった。
時間が経ってそこそこに固まったその先客の糞を踏みつけたのだからたまったもんじゃない。そこそこに固まったというのがポイントで、焼きたらこのように中がレアなものだから、一気にたまっていた臭気が長居公園に集う園児の様に右往左往、縦横無尽。阿鼻叫喚にモンスター召喚。
先ほど罵声を浴びせかけた腹の中の糞はホラ貝の音と共に一斉に騒ぎを止め、それでも「天下取ったり」とずんと鎮座しているし、先客を恨むやりきれぬ気持ちと、今から同じような事をしようとしていた自分への憤りがないまぜになってもいる。とにもかくにも途方に暮れた。そしてその場に立ち尽くした。立ち尽くす一人立ち尽くす。You’re Rollin’ Thunder。あーりがとう(べーやん)
風林火山、信玄公お許しを。
薄明かりの中、ご自慢のNIKEの黒いコルテッツのソールに付いた糞を小枝で削ぎ落とした。黙々と削ぎ落とした。
そして月に向かって「黒いコルテッツのソールは白と茶色のツートーンじゃない」と叫んだ。
枯れ葉が降ってきた。
勢いよく短時間で済ませるはずが思わぬ事で手間取ってしまった。
戻った時、かかった時間と立ち上る臭気で完全に排便した空気になっていた。
俺はしていない・・・俺はしていない・・・それでもボクはやってない。
シコはふんではいないけど。
そのまま無言で難波まで歩き続けた。やや小走りで。
立ち止まった時コルテッツのソールが元のツートーンに戻っていた。
ちょっと出ちゃった。深夜二十四時。

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雨音は鬼太鼓の調べ

On 2009年10月20日, in Diary, by larry

rt38side辺り一帯のトタン屋根を打ち付ける雨の音が、長患いしてる耳鳴りのように響いていたある日、風邪をひいた弟の面倒を私に頼み、母は買い物へ出かけた。
だだっ広い木造平屋の社宅。テーブル代わりに使っているこたつの上のカッパ海老せんの缶の中には、その都度その都度足していって下の方には種類の違う湿気った物が混じるおやつがある。
申し訳程度についている床の間に鎮座する、スプートニク1号の様に無駄に足の長いテレビが映し出すモノクロの映像とモノラルの小さいスピーカーから流れてくる音は、もはや雨音の引き立て役でしか無い。
薄いガラス窓をつたう雨がいく筋も流れ、窓の外のヤツデの葉を滲ませている。
する事もないのでしばらくはその雨が滲ませるヤツデの葉を見つめていた。
ただただ見つめていた。
雨は夜更け過ぎに雪へと変わるとは思えないが、降り止まぬ事は雨の勢いからいっても明らかだった。

母の帰りを待つ間の時間をどうにかしてつぶそうとするのだが、一向に時間が経ってくれない。
無理矢理に絵を描いてみたり、湿気ったおやつを食べてみたりしてみた。
わざわざ薬箱から父が常用しているサロンパスを引っ張りだし、包み紙を目に当てサングラスをかけているつもりになってみたり、股間の一物の皮を引っ張りどこまで伸びるか試してみたりした。
そして柱に貼った万国旗のカレンダーの国名を眺めるのにも飽き、さあいよいよやる事も無くなったその時、相当な時間が経過した事に事に気づいてしまった。
そのとたんに今まで過ごした時間が数日に感じられ、この先母が帰ってこないのではないかという妄想と、鳴り止まない雨音が連れてきた不安に耐えきれず、熱を出している弟の手を引き、雨の中母を捜しに外へ飛び出た。
今となってはきっと一周数十分で回れてしまう程度の広さしかない長屋横町だったのだろうが、歩き疲れ自分が果てしなく続く広い世界に放り出されたような気になってべそをかいて佇んでしまった。
幸い帰宅途中の母に出会い自宅まで戻ったのであるが、その時の雨と風の匂いは未だに覚えている。
昭和四十年代のとある日の話。
今も大雨の日には無性に外に出たくなる。普段は騒がしい辺り一帯が、雨音以外は何も存在しないかのように姿を隠しているその中にただ佇みたくなる。一人きりになるために。

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